アーツ×アーツ

本好きでマンガ好きのジョン・スミスが書く、名著礼賛ブログです。

カテゴリ: 短編


俺とあいつはあの日あの時刻からきっちり二十年後にもう一度会おうと約束した。その時にお互いがどんな立場に立っていようと、どんなに遠く離れていようと必ずまた会おうと。
-ヘンリー『二十年後』




読了時間:約五分


どうも!

今回紹介する『二十年後』は、短編の名手であるヘンリーが書いた著名な短編です。


見事なオチがついて読みやすく、物語のお手本のような構成となってます。
世の中の劇作家の方々が参考にしてそうなイメージです。

ありがちなテーマですが、見事なオチと相まって、決して古さを感じません。

もちろん中身も面白く、ラストの数行を読んで、「やられた!」と思わず膝を打ちました。


長編にしようと思えばきっとできるであろう話の内容なのですが、短くなっております事で、密度が高く、気楽に物語の味を楽しめます。読書の入門にピッタリです。


『二十年後』あらすじ
警官が街を巡回していると、金物屋の戸口に葉巻をくわえた男がもたれかかっていた。警官を見た男は慌てて、自分がここに立つ理由をこのように説明した。「自分は二十年前に親友と、この場所この時刻で再開の約束をして、その約束を果たすためにここで待っているのだ。」


オチにまで触れてしまったら台無しなので、このあらすじは起承転結の「承」までしか書いておりません。
結末はぜひ、手に取ってお楽しみください。


日本では星新一氏がショートショートの巨匠として有名ですが、ヘンリーも同様に、短編の達人として有名です。簡単で分かりやすく、皮肉なオチがつくあたり、共通点が多い気がします。

『二十年後』も、小学生程度の日本語知識があれば十分楽しく読めますし、大人であれば皮肉なオチも楽しめます。


簡単な文章・物語だからこそ、読む人によって味わいが変わる。

読書談議が盛り上がる理由も、この味わいの違いによるものなのかもしれませんね。

僕も普段の生活では共通の作品について話ができる相手がいないから、このブログをに思いの丈を書き始めた。といった経緯があります。ぜひ、このブログをコミュニケーションのきっかけとして、ブログ読者の方と本の話がしたいですね。


ではまた!



あらゆる称賛、あらゆる栄誉を一身に担うというて、それほど女の浅薄な心を満足させるものがまたとあろうか。
-モーパッサン『首飾り』





どうも!

モーパッサンの中でも有名な話の一つが、今回書きます『首飾り』です。

ショートストーリーで見事なオチがつくという点が特徴的で、星新一のショートショートと同じ雰囲気が作品から漂います。

前回紹介した別作品の『ある自殺者の手記』や『狂人日記』と同様、人間の業をテーマにしたかのような内容となっております。上記の二作と異なる点は、主人公が狂わないという点です。ただ、狂ってはいないだけで、ある種の観念に憑りつかれており、精神状態は袋小路の悪循環に陥っております。

この悪循環な精神状態(しかも、自分を疑わないから決して治らない)が、自分をかえりみたときに心当たりがあるようなものだから、読んだら何だかゾッとするというわけです。


『首飾り』あらすじ
マティルド・ロワゼルは美しい女性であるが、文部省の小役人と結婚する。日頃から自分ほどの器量良しならどんな贅沢でも望めたのにと考えており、自分には手の届きそうにない上流階級の暮らしや優雅なお茶会、晩餐会を空想していた。また、彼女はドレスやネックレスといった類のものをもっておらず、そのくせ、自分はそれらを身に着けるために生まれてきたと考えるほど、そんなものばかりが好きであった。それほどまでに彼女は人にうらやまれたり、ちやほやされたかったのだ。
ある日、夫は彼女が喜ぶだろうと思い、苦労して大臣主催のパーティーの招待状を手に入れて帰ってくる。ところが、マティルドはパーティーに着ていく服がないと言いだし大粒の涙を流す。そこで夫は仕方なく、なけなしの400フランを妻のドレスを仕立てるために差し出すのであった。しかし、パーティの日が近づきドレスが仕立てあがっても彼女はふさぎ込んだままであった。夫が訳を尋ねると、今度は身に着ける装身具がひとつもないからだと言うのである。夫は友人のフォレスチエ夫人に借りに行くように提案する。
(Wikipedia)

Wikipediaから引用した上記のあらすじは、起承転結の「承」に当たる部分までです。
オチはぜひとも本書を取ってお楽しみ頂きたく思います。


なんと皮肉が効いた物語なのか、というのが読後の率直な感想でした。
物語の主人公であるロワゼルのように、「自分はもっと評価されるべき」といった思いを内に抱える人は数多い事かと思います。そんな人々はこの物語に触れるとどう思うでしょうか。

ロワゼルと自分を重ねて胸を痛める?
自分ならこんなことにならない。と笑いものにする?

いずれにせよ、簡単に割り切れない思いを抱えるのではないでしょうか。この物語に触れて何も感じない方は、きっととても幸福な方です。


自分の心のどこかに空疎な自信家であるロワゼルを見出した僕は、この物語を読んで背筋が寒くなるのでした。


ではまた!


知識発生の最初の兆候は、死に対する希求である。
-カフカ『罪・苦痛・希望・及び真実の道についての研究』




どうも!

『変身』で有名なカフカの別作品です。

読んでから知ったのですが、本作は思想書のような作品でした。

分かる部分もあればわからない部分もあり、果たしてカフカがどれだけ考察を深めていたのか、読めば読むほど想像が膨らみます。

気になった箇所をいくつか抜粋します。


「すべての、人間の過失は、性急といふ事だ」

「ある点から先へ進むと、もはや、後戻りといふことがないようになる。それこそ、到達されなければならない点なのだ。」

「悪魔の用いる最も有効な誘惑術の一つは争いへの挑戦である。」

「人間が、たとへば、一個の林檎について抱き得る観念の多様性。」



何かに挑戦したときから、カフカは、もう「戻れない」と言っております。
「挑戦」は悪魔の誘惑であり、女性との闘いに似ているからです。
僭越ながら、そのたとえはとてもしっくりと感じられました。

しかし一方、急ぎ過ぎること(性急)にも警鐘を鳴らしております。

「挑戦」に酔いしれながらも、酔いに任せて到達を急いではいけない。と、読むことができます。

「継続」について、発展の決定的な瞬間である、とも述べています。


「挑戦」に身を投じても、「性急」にならず、「継続」を意識する。


なんか、そういうことが苦手な私は、読んでいて怒られているかのような気持ちになります。
溜息をつきたい。


ではまた!


この子を殺してみたいという慾望が、アルコールのように私を酔わせた。
-モーパッサン『狂人日記』



どうも!

『狂人日記』、かなり目を引く表題ですね。

中国人作家の魯迅、ロシア人作家のゴーゴリも同名別作品を執筆しています。
しかし、内容の関連性は不明です。未読ですので…。
これから読んでみたいですね。


中身はかなり短くて、すぐ読めます。
紙の本で、10ページ程度です。
五分くらいあれば、読書慣れしていない方でも読めるのではないでしょうか。

狂人「日記」というだけあって、内容は、ある人物の死後、彼が書き続けた日記をひたすら読者が読み続けるという形式をとっております。

誰からも尊敬される法官で、惜しまれながら82歳でこの世を去った「ある人物」。
完璧に見えたその生涯には、狂ってしまったが故の、彼だけにしかわからない悲哀がありました。


『狂人日記』あらすじ
法曹界から多くの尊敬を集めた法官が亡くなった。
亡骸は、全国民の哀悼の中に埋葬された。
彼の死後、彼の事務机の中から公証人がある書き物を見つけたが、中には、驚くべき彼の裏面が記録されていた。

その生涯で多くの殺人犯を裁いた彼は、そのうちに「なぜ、人は人を殺すのか」と考え始めます。

その問いに出した結論は恐ろしく、そしておそらく間違ってます(少なくとも世間一般の常識とは違っています)。

最後、彼の日記は精神病専門の医者たちに読まれるのですが、その医者の反応がまた、「おいおい…」と思わされるものだから、なんだかちょっと、読後感がモヤモヤします。

外から見たらおよそ完璧な人物が、少しずつ壊れていく。という話は、同じくモーパッサンの短編『ある自殺者の手記』でも書かれております。日記形式で進むという意味でも同じなので、モーパッサンのテーマは「高次な人格と狂気は共存する」とか、その辺りにあるのかもしれない。とか考えてみたり。

他の作品をどんどん読んで行けば、そのうちテーマ性にも気付けるかもしれません。
おどろおどろしいので、読み解くのに少し辟易しそうではあるのですけども、そこも文学の面白さなんでしょうか。


ではまた!


とある大きな町に植物園があって、園内には、鉄骨とガラスづくりのとても大きな温室がありました。
-ガルシン『アッタレーア・プリンケプス』



どうも!


今回読んだのはガルシンの『アッタレーア・プリンケプス』です。
ロシア文学ですね。

タイトルは、温室で育つしゅろ(木の一種)の学名です。この物語は、そのしゅろが奮闘して、自由を勝ち取るまでの話です。ちゃんと彼女(しゅろは女性であることが示され、作中は、かなり女性っぽい口調で話します。)の心理描写もあるんですよ。

あらすじはこうです。


『アッタレーア・プリンケプス』あらすじ
温室で育てられた木々は、温室の中で満足な水も与えてもらえず、故郷の空を恋しくてたまらなく思っていた。
ガラスの天井に最も近いしゅろの木は特にその思いが強く、他の木々に「高く成長し、天井を突き破ろう。」と提案する。しかし誰もが提案に乗らず、叶わぬ夢だと言い張った。
貧しい水の量には不満をこぼすにもかかわらず現状を変える努力をしない木々と仲たがいし、しゅろは自分だけで天井を壊すために奮闘する。


仲間と違えても自分の夢に立ち向かうなんて、心を打つ話じゃないですか。

成功の保証は無く、決して簡単ではない挑戦です。
しかし、たった一人(人ではないけれど)、しなびた小さな草だけはしゅろの味方でした。
彼女(この草も女性です。)は、しゅろのサポーターとなり、しゅろの挑戦を見届けようとします。


作中、このしゅろの夢は叶います。
葉は裂け、ぐにゃりと枝を曲げてもなお高く育ち、
「こんなにつらい思いをしてまで叶える価値のある夢なのか」と逡巡し、
あらゆる痛みと苦悩を乗り越えて。
最後に天井を突き破り、一身に自然を感じることができました。


しかし、話はここで終わりません。
問題は、しゅろの原産地が温暖なブラジルであったのに対し、物語の舞台は秋も深まった北国であったこと。

温暖な気候で育ち、文字通り温室育ちだったしゅろが、そんな場所に出てしまったらどうなるか。


……読者の気持ちの寒暖差も、とても激しい話です。


ではまた!

このページのトップヘ