アーツ×アーツ

本好きでマンガ好きのジョン・スミスが書く、名著礼賛ブログです。


悪徳におちいったからって、それが何なのさ、かまうことはないじゃないの!
-サド『閨房哲学』



***危険書です。自己責任でお読みください。***

どうも!

『閨房哲学』は見慣れない漢字ですが、これで『けいぼうてつがく』と読みます。

著者のマルキ・ド・サドは、フランス大革命の時代を生きた小説家です。「サディズム」の語源は彼の名前から来ているといわれていますが、その理由は、彼が性的倒錯をテーマに多くの作品を残したからです。

要するに、「引くほどの狂った性癖を持ってた」ってこと。

中でも『閨房哲学』は、彼の反社会的思想や性に対する歪んだ考え方が高密度に濃縮された、超・超・超危険書です。

時のフランス政府から発禁処分を受けてますし、サド自身も人生の半分を精神病棟と監獄の中で過ごしました。

『閨房哲学』概要
15歳の少女ウージェニーと、姉弟で交合するサン・タンジュ夫人、放蕩生活者のドルマンセとの情欲を賛美する対話を軸に展開され、無神論、不倫、近親相姦の肯定などが書かれている。小説の形式が取られているが、登場人物が台詞で自らの思想を長文で論理的に解説する部分に紙面が割かれている。
(Wikipedia)

革命期という激動の時代にあっても異端視された思想と作品だけあって、中身は蠱惑的なエネルギーに満ちております。

倫理はなぜ守られるべきなのか。

ある種答えのない難題に、自らの欲望を第一にするという姿勢で考えることで一種の答えににじり寄っているように思うのです。

分別の付く年齢になったら読んでくださいね。

ではまた!

溌剌として美しい彼女という人間のなかには、狡さと暢気さ、技巧と素朴、おとなしさとやんちゃさ、といったようなものが、一種特別な魅力ある混じり合いをしていた。
-ツルゲーネフ『はつ恋』




どうも!

恋とか愛って、語るの難しくないですか?

恋愛感情って、言葉にすればするほど的を外れていく気がするんです。

本書は文章を「書いて」いるはずなのに、恋について「描いて」いるんです。本
書から香る雰囲気と丁寧で美しく詩的な文章は、読者の心にゆっくりと浸みこみます。
『はつ恋』あらすじ
1833年夏。16歳の少年ウラジーミルは、モスクワ市内、ネスクヌーイ湖のほとりの別荘で両親とともに住んでいた。 ある日の事、隣に引っ越してきた年上の美しい女性、ジナイーダに主人公は淡い恋心を抱く。だが、ジナイーダはいわばコケットで、彼女に惚れる何人もの「崇拝者」達を自身の家に集めては、いいようにあしらって楽しむような女性だった。
(Wikipedia)

本作は、老いた主人公が青春時代を振り返るという形式で書かれます。

コケティッシュ(女性の仕草や様子に、男の気を引くような媚態が混じっているさま。)な相手に振り回される主人公の切実な思いは、どこかに甘さや不完全さ、未熟さを含んでいて、老いてからそんな自分を振り返ることの怖さや後ろめたさも感じさせます。

恋について語るのが野暮なように、この本については語ってしまえばそれまでです。

僕が言えるのは、「ぜひ読んでください。」それだけ!

ではまた!


至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし
-中島敦『名人伝』




どうも!

高校の教科書にも作品が載っている中島敦ですが、僕はこの『名人伝』が抜群に好きです。
短編なので十分前後で読めますし、現代語訳も出てますから読みやすいですね。

『名人伝』あらすじ
 趙の都・邯鄲に住む紀昌(きしょう)は、天下第一の弓の名人になろうと名手・飛衛(ひえい)に入門し、五年余の難しい修行のすえに奥義秘伝を習得する。紀昌は飛衛を殺そうとして失敗し、さらなる名人を求めて西の霍山に隠棲する老師・甘蠅(かんよう)を訪ねる。
(Wikipedia)
「極める」って、どういう事なんでしょうね。

将棋の羽生善治氏や、砲丸投げの室伏広治氏など、特定の分野において他の追随を許さないレベルに達している方々は、独特の哲学を持って自分をより高みへと押し上げているような気がしております。

まさしく、この『名人伝』の主人公は、その境地へ達して、さらに高みへ、誰も理解できないところまで行ってしまった感があります。

格闘漫画の金字塔で、格闘表現の限界に挑んでいる『バキ』という漫画がありますが、そのシリーズの『刃牙道』ではまさしく、この「極めた人間たち」が戦っております。僕は密かに、作者の板垣先生は『名人伝』を読んでいて、そのエッセンスを漫画に還元しているのではないかと見ているのですが、皆さんはどう思いますか?

ではまた!


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